「人生フルーツ」
映画の内容にふれる前に、少しだけ前置きを。
昔、杉並の浜田山に勤務していた頃。
早く仕事が終わった日の気まぐれで、
いつもの井の頭線経由ではなく、
少し遠いのですが中央線阿佐ヶ谷方面に向かって歩きました。
すると、途中に面白い住宅群があったのです。
もう相当古い、くすんだ赤い屋根のモダンな平屋建て。
そこが面白かったのは、各家に付帯している庭に、
「プライベート」と「パブリック」の境目がないこと。
おわかりでしょうか。
通路や共有地と思って歩いていると、いつの間にか個人の庭と思われる所まで地続きに入り込んでしまうのです。
なんともわくわくするような親密さのある、不思議な空間でした。
後にそれが「阿佐ヶ谷住宅」と呼ばれる住宅群であり、
奇妙な共有空間は、建築家津端修一氏発案の「コモン」と呼ばれるものだと知りました。
この映画は、その修一氏(90歳)と英子氏(87歳)夫婦の人生と現在の生活を追ったものです。
津端氏は、60年代に愛知県の巨大なニュータウンを手がけます。
作ったマスタープランは、その地のもともとの山や谷の地形を生かし、
風の吹き抜ける雑木林を残したもの。
しかし時は高度経済成長の真っ只中。
出来上がったのは、山を削り谷を埋めて敷地一杯に団地を並べたものでした。
その後、氏はニュータウン内に自ら土地を購入して家を建て、
まわりの広い庭に木を植え、畑を耕し、
住民一人一人がこうした小さな空間を持つことで、
開発によって無くした「里山」に代えられないかという実験を開始します。
それが今では四季折々、70種の野菜と50種の果実を産む空間に育っています。
ふう。書きなれない「説明文章」で疲れました。
正直、チラシにあるにこやかな老夫婦の写真とこの題名、
そして樹木希林がナレーション(女優としては好きです)という情報を見て、「ロハス」という言葉など浮かんでしまい、あまり触手が動かなかったのです。
でも、「阿佐ヶ谷住宅」に釣られて観たのでした。
いや観て良かった。
戦時中、住宅開発の職場で共に働いた中国の少年の墓を台湾に訪ねて
少年のその後の過酷な運命を知るエピソードなど、結構歯ごたえのある映画でした。
そして、何より印象的だったのが、できるだけ自給自足で生活を楽しみ、
常に身体を動かし、意識を巡らせている、この老夫婦の現在の暮らしぶり。
「優雅な生活が最高の復讐である」
そんな言葉の意味を、改めて噛みしめた映画でした。